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母と過ごした105日
昨年、春・夏・秋と3回、足掛け105日間、母と過ごしました
大学卒業以来、長期で帰省することもなく、せいぜい長くても一週間弱、ですから30年以来の長期帰省だったわけです

親孝行は親が「生きてるうち」でなく、「元気なうち」といわれます
とは言っても、この105日間、とりたて親孝行したわけではないのです

三度三度のご飯を一緒に食べ、たまに近くの観光地に出かけるだけ、
日常生活の延長、それだけだったような気がします
それでも、姉と三人で家族水入らずで出掛けたときの、何とも表現しがたい母の幸せそうな「ほほ笑み」は今でも目に浮かびます

母は齢80歳、終戦を幼少期に迎え、激動の昭和を悲喜こもごもの中で過ごしてきた、そんな母の本当の幸せは「ふつう」であること、それが一番大切なものなのかもしれません、

そして、振り返ってみれば
私にとっても、母と過ごした105日の穏やかでたわいない日常が幸せのときだったのかもしれませんね
「セカンドステージ」を終え、「サードステージ」でも、その幸せ感じたいものです

ところで、母の傘寿のプレゼントは登山用のストックでした・・・母の希望です
老人用のステッキではなく、登山用のストックですよ!

春になったら、山に登り、野山を散策して、いつまでも元気で

久住の母
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[2016/01/15 10:49] | 母とのこと | コメント(0)
セカンドステージへ
ブログのテーマを変えました。
「ハッピーアーリーリタイヤ」から「セカンドステージ」へ
自由人になってから早や1年、
しばらくは、柵とストレスから30年ぶりに解放され、自由を謳歌したものの
ストレスのないストレスという得体のしれないものに苛まされつつも
気がついてみたら、
有り余る時間を枕に一端の哲学者になってしまって、「生きてる意味」なんか考え始めてしまったり
結局、たどり着く結論は「人生には意味はない」・・・ある意味「モーム」の世界ですね

誤解のないように。。。。
「意味がない」ということは人生を否定しているわけではないのです、
余計なことを考えずに、今、この一瞬を大切にしていく、言い換えれば、そんなことでしょうかね

そして、欧米人の如く、「労働懲罰説」の元に自由を謳歌するつもりが、あえなく挫折
悲しきかな、日本人、農耕民族の性か、「労働神授説」信奉者に戻ってしまったような気がします

まぁ、、とにかく、考えても答えは出ないから、何かを始めようと

来月から仕事始めることとしました。
たまたま、知人からのオファーもあり、
自分の力を再度試してみます。自己の存在理由をあらためて探すこととします。

お地蔵SZ
[2016/01/12 12:52] | 心のままに | コメント(1)
マネジメントにおもう
マネジメント   よく聞いた言葉です
ご多分に漏れず、私もマネジメントに関する研修を受けたり、企画したり
そして、指南書らしきものを何冊も持ってました(数か月前、すべて処分しましたけどね)


このマネジメントという言葉
時として、滑稽な場面を目にします
研修の後や小難しい指南書読んだ後、
多くの人がマニュアルどおりに行動し、しばらくの間だけ立派な管理職になるのですね

そんな、一筋縄ではいかぬことなのに

生身の人間 言い換えれば感情のある生き物を相手にするのですから
さらに面倒なことに、
ヒトは組織の中では皆、演技をしてます
喜怒哀楽を抑え、百人百様それぞれの形で精一杯演じている
必死で自分自身を守っている
そんな、したたかな生き物です ヒトっていうのは

だから、指南書どおりのマネジメントがなされている組織っていうのは、
ロボットの集合体のような無機質な世界になってしまうかもしれません
それはそれで、組織としては好都合でしょうけど
何か寂しいですね

そう簡単ではないけど
でも、裏を返せば簡単なことかもしれません
ただ単に基本に戻れば良いのでは


さだまさしさんの「バースディ」
私の好きな詩です
誕生祝いを受け取ったヒトからの心こもったお礼の詩
「ありがとう」の言葉がすみずみに散りばめられてます

  幸せを ありがとう
  宝物を ありがとう
  忘れずにいてくれて ありがとう
  やさしい手紙を ありがとう
  気にかけてくれて ありがとう
  心からどうも ありがとう


ヒトというものは 
さりげなく、自分のことを気にかけてくれている
自分のために大切な時間を費やしてくれている
それがわかったとき、最上の歓びを感じるのではないでしょうか

甘い叙情詩風味と感じる方もいらっしゃるでしょうが
難しいことは考えずに、基本に戻ること
ヒトとヒトとのことですから

お互いが少しづつ肩の力を抜けば
お互いが少しづつ楽しく過ごせるような気がします
お互いが少しづつ幸せになれば
それが一番良い!

朝の北浦和公園
ジョギング途中に立ち寄る朝の北浦和公園
若者のサックスの響きを枕にうとうとと無心に・・・・
  

[2015/06/18 11:54] | 心のままに | コメント(1)
母とベレー帽
私が小学校にあがる前ですから、約半世紀前の朧げな想い出です
ある日、母がベレー帽を買ってきました、私のために
当時、ベレー帽は高級品だったような記憶があります、お金持ちの御坊ちゃまが被る帽子というところでしょうか
父が失業してたりで、貧乏な一家なのに無理して私のために買ってきたのでしょう

でも、私はベレー帽が嫌いでした、なぜかはわからないけど身体が(頭が)受けつかなかったのです
出掛ける度にベレー帽を強要する母と幼く拙い知恵で拒否し続ける私との闘いはしばらく続きました

ある日のこと、強行手段に
帽子の真中にある尻尾を切断したのです 
「ベレー帽は嫌だ」という私なりの小さな抵抗だったのです
でも、母も負けませんでした
翌日には尻尾が再生してました。(毛糸か何かで繕ったのでしょうか)

この尻尾切断事件以来、しばらくは母に服従してましたが、
やはり、嫌なものは嫌
そして、二度目の強行手段に
自宅裏の畑に捨てました

母の「ベレー帽はどげんしたと?(どうしたの?)」との問いに
「うすてた(捨てた)」と
私の短い言葉がすべてを終わらせました

そして、数日後、
泥だらけになったベレー帽を大事そうに洗っている母の姿を目撃した時を最後に、私の前にそのベレー帽が現れることはなくなりました

いつかは母に謝らなくてはと
幼心の中に小さな十字架を背負ってましたが

大人になって、その気持ちは飛んでしまいました

母の近しい人からきいた、母の淡い初恋のお話
母が十代のうら若き乙女だったころの憧れの君はいつもベレー帽をかぶっていたと

そう、母は幼い健気な息子を自分の青春の思い出の着せ替え人形にしてたのです

来週から母に会いに帰ります
今度はベレー帽でもかぶって帰りましょうかね!

紫陽花4

紫陽花の季節です

[2015/06/16 12:18] | 母とのこと | コメント(0)
読書三昧<その2〜母から子へ語りつなぐ一冊>
本とは素晴らしいものです
何度読み返しても心ふるえる、そんな本に出会ったとき
自らの人生をも豊かなものにしてくれます

母から子へ語りつなぐ一冊
たくさんありますが、私の渾身の一冊は
「ありがとう 大五郎(新潮文庫〜大谷英之/淳子)」
ありがとう大五郎
この本に出会ったのは、40歳目前、心身ともに疲れ果てていた頃
訳の分からないものに苛まされ、悩んでた頃の新鮮な出会いでした
それから15年、いまでも、時折手にする愛蔵書です

カメラマンである父(大谷英之氏)が手足のない小猿「大五郎」をペットとしてではなく家族の一員として連れ帰ってから
その短い生涯を閉じるまでの2年4カ月を3人の娘さんの成長とともに、母(淳子氏)が淡々と綴ってます
そして、何とも可愛い温かい写真が心に焼き付く、そんな素晴らしい本です

大五郎は2年4カ月を力の限り生き、
愛する家族に何にも替え難い「大切なもの」を残してくれたのではないでしょうか
ありきたりの能書き垂れるハウツー本なんか到底敵わない崇高なものを残してくれたような
そんな気がします

ところで、話は変わりますが
私は時折、上野動物園へ出かけます
愛すべき友に会うために
望遠レンズで彼ら(彼女ら)を見つめていると面白いものです
行動も表情も
ヒトと同じですね、全てが
時間が経つにつれ、だんだんと垣根が取り外されていき
安心できます

ヒトだって同じ動物
ちょっとだけ進化してるだけ
思いあがって生きたらいけませんね

[2015/06/04 15:30] | 読書三昧 | コメント(0)
弘夢のセカンドステージ徒然日記


55歳で早期退職、ハッピーアーリーリタイアのつもりが、未知の業界へ再就職!新たな出会い、出来事を綴ります。

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Author:江埼弘夢
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